アドニスたちの庭にて
 “青葉祭” 〜鳴動
 

 

          




 長い冬を乗り越え、生命が芽吹く春を迎えて。あでやかに桜花、咲いて、華やかに散り。今は、それは目映く瑞々しい、新緑があふれる五月の初め。健やかに柔軟に、それは伸びやかな若人たちが集う、緑の学び舎
まなびやにて。ゴールデン・ウィークを利用して行われる、私立白騎士学園高等部の春の恒例行事“青葉祭”が、いよいよの終盤へと差しかかりつつあった。外部入学生が多い高等部にて、持ち上がり組との垣根を取っ払い、親交を深めるためのものとされ、生徒の自主性に任せた学校行事…ということになっているが。元々は高等部と大学としか無かった時代に、新入生たちが上級生のお兄様方と早く馴染めるようにと設けられた催しだったとか。………あ、今更なんで言い忘れてましたが、この学園は初等科から大学部・大学院まで、一貫しての男子校です、念のため。(こらこら) どっちにしたって生徒間の親交が主目的の行事であり、特に参加を強制されることはないのだが。にも関わらず、出席率は普段の授業より高い。堅苦しくも退屈な授業がないということと、レクリエーションという緊張感の少ない自然な状態にて、新入生たちの運動能力が明らかにされるため、運動部の人間にしてみれば、この機会に“掘り出し物”な逸物を見つけられもするから。………そりゃあサボりはしないわな。(こらこら) 長い歴史と伝統を誇る、名門校ではあるけれど。その肩書と立地条件とから、名門旧家、政財界の要人、有名人の子息などという、今時の言い方で“セレブ”系の生徒が多い傾向も否めはしないけれど。入ってみれば普通の学校と大差はなく。スポーツや文化系、部活動も盛んだし、学園祭にはアイドルだって呼んじゃうような、至って開放的な校風も、かなり以前からのもの。閉鎖的で陰湿な、派閥が出来ての争いだの、見栄やひがみが発端のいじめや嫌がらせなどは聞いた覚えもないその代わり、ちょっぴり変わった“習わし”も根付いてて。どこかしら頼りなくって放ってはおけないタイプの下級生へ、

  ――― 学内では私が守って差し上げましょう、
       判らないことがあったなら、いつでも頼って下さいね?

 上級生がそんな風に申し出て、学内での“お兄様と弟”という間柄になる“誓約の絆”を取り結ぶ風習が、随分と昔から連綿と続いてる。今や男女交際だって自由な時代だというのに、いやそういう間柄とは違うから。お兄様が恥をかかないように頑張ることで、社交性を学び、信頼に応えられる責任感を身につけて。あんなに及び腰だったはずの子が、あら不思議、諦めないんだから頑張るんだからと、意志の強い子になる例の何と多いことか…という訳で。学園サイドも暗黙のうちに黙認している、これもまた伝統ある“しきたり”の1つとなっているほど。そんな間柄になる相手と出会う切っ掛けになることも多いのがこの“青葉祭”なのだが………。何だか今年のお祭りは、一部の方々に限っては、ちょっとばかり風雲急を告げそうな気配でございます。






            ◇



 団体球技ばかりをクラス対抗で競うのが中心となっている“青葉祭”は、最終日だけ学年別の垣根を越えた“縦割りチーム”でのゲームが行われる。一年から三年までのA組チーム、B組チーム…といった編成で種目毎に代表チームを組み直すのであり、その縦割りの総合戦で勝ったチームには、秋の文化祭での特典がもらえるため、上級生は下級生たちをフォローしまくるし、下級生たちはお兄様方からの期待に応えなきゃと頑張る。直前までの対抗戦で、あのクラスのお兄様たちに負けた、あのチビどもに足元を掬われた…なんていう遺恨があっても、あっさりと拭われる爽快さで締めくくれるようにと、いやはや上手く出来ており。
“だから遠慮がないのかな?”
 学年の壁も何のそのと、下級生のチームが優勝してしまう種目だって珍しくはないそうで、今年もドッジボールでは二年のチームが決勝進出を決めているほど。とはいえど、ここ、総合体育館にて展開されているバレーボール競技では、三年生の長身ばかりが集まったA組がとんでもない邁進振りで勝ち進んでおり。昼食後のまったりと休みたい時間帯だってのにもかかわらず、他のグラウンドから来たらしき、まだ土の付いてる体操着のままでの応援に勤しむ顔触れも少なくはない熱気の上がりよう。
「ほら、あの高見さんっていう人。彼がそりゃあ的確な指示を出して進めてるからね。」 確か現在の“史上最強な生徒会”を支えて来たという執行部の部長さんで、チェスの世界での学生チャンピオンでもあるという、飛び抜けて聡明な青年であり。人望と知性とを駆使しての鮮やかな采配でもって、ここまで余裕の快進撃を進めて来た驚異のチームなのだそうで。
「でもま、総合チームは各学年から均等に選手を入れなきゃならないし、優勝したチームの面子は入っちゃいけないことになってるらしいから。」
 最終日には是非とも選抜チームで頑張ってくれやと、同じバレーの組の同級生から言われたものの、
“…バスケの班からも言われてんだよな、それ。”
 だってあんたたち、とんでもなく長身だもんねぇ。(苦笑)試合の展開よりも…と別なものへと集中している相棒の様子を横目で把握しつつ、さて どうしたもんかなと苦笑が漏れた筧くんへ、そんな気配が届いたか、
「駿、お前も探せよっ。」
 ヘラヘラしてんじゃねぇよなんて、ちょいと悪態混じりな言いようをする水町くんだったもんだから、
「何だよ。大体、不謹慎じゃねぇのか?」
 いくら自分たちもまた撃沈された相手だとて。コートは全然見ていない、試合そっちのけな態度なんてしててよと、言い返す。周囲はそれこそゲームの展開へと集中していて、サーブが放たれれば“オーッ”レシーブで受ければ“ワーッ”トスが上がって“わっわっ”アタックが決まろうもんなら“ギャーッ”とばかりの賑わいよう。ちょっとやそっとの私語なんて、あっさりと押さえ込まれてしまうほどのノリであり、
「観てねぇんなら、外に出た方がいんじゃねぇのか?」
 よほど注目のカードだったらしく、館内は大入り満員。これ以上詰め込んでは危険だからと、入場制限が出たほどだ。だが、
「だってよ。小早川さん、この試合は観るって言ってたじゃんか。」
 あんまり毎日のように携帯で連絡して“会いたいです”なんて言うのもちょっと照れ臭くって。でもね、逢いたい気持ちは押さえ切れなくて。それで、偶然を装って逢えたらいいななんて、さりげなく今日の予定というのを昨日の会話の中で訊いておいた健悟だったらしくって。
“それって、一歩間違えたらストーカーだぜ?”
 そんなつもりはないと判っているから言えること。この図体で何とも可愛いもんだと苦笑が零れたところを、今度はしっかと見られたもんだから、
「なんだよっ!」
 ぷんぷくぷーと膨れた顔付きに、ますます笑いが止まらなくなりそうになり、
「と、とにかく、いったん外へ出ようじゃないか。」
「なんで。」
 ご主人様が見つかるまでは此処を動かないと、ますますの忠犬ぶりを発揮して見せる幼なじみへ、
「だから。見つかったとしてもこの混みようだろ? 小早川さんだって動けないでいるのかもしれない。」
 俺らほどのノッポなら、向こうからは見つけ易いだろうからさ。外で待ってた方が効率としては良いと思うぞと言ってやれば、
「…そだな。小早川さん、俺んコト見て、寄って来てくれない筈はないんだし。」
 おやおや。完全なる一方通行の片想いだからこそのマメな猛攻かと思ってたらば、結構自信あるんじゃんか。こういうところも“子供っぽさ”の現れなのかねと噛みしめながら、機嫌が多少は直ったアフガンくんを引き連れて、ランドマークのお引っ越しよろしく、巨きな二人がのしのしと体育館から出て行った。


  ――― それから数十分程が経過して。


 試合がどうしても観たかったからってお弁当を我慢していた子がいたとしたなら、でもでも空腹からの貧血で倒れなくて済んで良かったねと、言いたくなるようなスピーディーさで。もはや“無敵”と冠して良いんじゃないかの3−Aチームがストレート勝ちを収めて、さて。面白かったね、あの時の○○先輩のレシーブはそれは見事で、どの方もバレー部員ではないのにね、などなどと。一方的ながらもなかなか白熱した展開だったか、それともファインプレーの連続だったのか。それは興奮したまま口々に試合展開を語り合いつつ、ギャラリーたちがどっと出て来ての、人の波、また波。そんな急流にも揉まれることはなく、いっそのこと、ブイの代わりのように…連れとはぐれかかった子が転びかけるのを助けてやれば。ああ・すまんすまん、手が離れちゃったなとお兄様らしき上級生が引き取りに来るパターンが幾つかあって、簡易の迷子センターになりかけたほど。
(笑) その場からじっと動かないでいた二人だったのだけれども。

  「小早川さんが出て来なかったよう〜〜〜。」
  「おかしいな。」

 判ったから瞳うるうるで胸倉にすがりつくのは辞めろ、本当にごくごく少ないとはいえ、俺らが出来てんじゃないかって噂だってないこともないんだからよと。あくまでも冷静に筧くんが執り成して、
「“出来てんじゃないか”?」
「………ホンットに意味判らねぇのか?」
 長いめの金髪をばさばさ揺らしてコクコクと頷く相棒へ、あ〜う〜・げほん///////と咳払い。
「俺らを見かけて声さえかけてくれないのは妙だしな。」
 誤魔化したわね。
(苦笑) それはともかく。さっきそれを相棒が持ち出した時は、自惚れてやしないかと思わないでもなかったけれど。あの、よくよく気の回る先輩さんなら、例えさっきまでの人の波に揉まれてくしゃくしゃにされようとも、頑張って辿り着いてくれそうな気がするし、
「どうしても押し流されちゃって、遠くまで運ばれたっていうんなら、携帯で“そこで待ってて”とか何とか、言って来てくれそうな人だもんな。」
「だろ? だろ? だろ?」
 会場自体に来てなかったってことかもな。え〜? 何でだよう。だから………。
「直前に第二グラウンドでフットサルの準々決勝の試合があったろ? その中に、あの進さんて人がGKやってた三年のチームが勝ち残ってたんだよ。」
 それでなくともお昼休みに食い込んでたみたいだし、延長とか何とかでもっともっとズレてたら?
「…そっか。ゲームが終わってから、その人と一緒にお昼食べてたのかもしれないな。」
 いくらこっちは可愛い弟分でも“お兄様”には負けるかも。そのあたりのバランスは、さすがの無邪気王にも何となく判っている模様。周囲からも“あんまり考えなしなやり過ぎはするな”クギを刺されたし、それより何より…、
“二人が一緒にいるトコロを何度か見たからね。”
 剣道という武道を嗜んでいるとかいうその人は、質実剛健、剣の道への精進のためなら、他には何も要らないとしそうなくらいに厳格そうな青年であり。詰襟濃紺の窮屈極まりない制服が、ともすれば…もっと堅苦しい軍服に見えてしまうほど、重厚な存在感を保つ人。いつだって背条をピンと張り、寡黙そうな横顔はなおの静謐によって、いつもいつも引き締められていて。凛然とか毅然とかいう、冴えてきりりと引き締まり、この上なく清冽なものを指す単語が、即座に脳裏へと思い浮かびそうになる、そんな人。一本気が過ぎて頑迷で、恐らくは融通も利かなくて要領が悪く。そんな不器用な生き方をしていても、本人はきっと苦と感じていなさそうな、果てしなく強靭な人に違いなく。あまり接触はないうちからそこまで言われるほど、いかにもガッチガチに堅そうな人だのに
(笑)、どういう加減か…あの小さな弟くんが傍らへと寄ると、少しばかり趣きが変わる。小さくて小さくて、繊細でもあるがそれ以上に。ちょっとしたことへ他愛なくも笑ったり、そうかと思えば わたわたっと手を振り回して慌てることもあれば、何にか判りやすくも膨れちゃったり。くるくると回るその表情には、見ている者がついつい頬を緩めてしまうような、稚いとけなさや無邪気さがあって。そのくせ…何かの拍子に、ふっと黙って。心の奥底、見通すように。柔らかな眼差しを向けてくれる。ポンと一言では言えない複雑な想いを、それをうまく伝え切れないむず痒さごと、ちゃんと汲み取ってくれる、懐ろの深い人でもあるから。そして、そんな瀬那の傍らにいる時の、あの“お兄様”はというと。仁王様のように厳格そうな雰囲気がふわりと和んで、その上での落ち着きやら安定が出る。何かしら語り合っているようでもなくたって、例えば寄り添うセナが何にか耳を澄ますのへ注意を逸らすのへ、自分もちらと視線をやってから、それへと何か自分へ囁くに違いない彼へと注意を戻して待っていたり。セナにだけ限ってながら、人を優しく包み込む術をちゃんと会得している進であり。彼もまた、セナの愛らしいばかりではない…そういうところまでもをちゃんと理解し、弟くんを守りつつその弟くんからやさしく温めてもらってもいるのだろうなと、それがようよう判るから。
“まあ、小早川さんが見込んだ人なんだから、それだけ取っても間違いはないんだろうけれどvv
 あくまでもそういう“順番”なんだな、あんた。
(う〜ん)
「どうするね。今日のところは諦めるか?」
 別にこれが今生の別れとなるでなし。今日は逢えなかったね、残念…で片付けないかと、気持ちの切り替えを誘うべく、そんな言葉をかけた筧くんへ、
「いいや。今日はこれを返すんだから。」
 きっぱりと言い切った水町くんが手にしていたのは、筧くんにも見覚えのある、手提げタイプの紙袋。
“………あ。”
 そっかそれって、いつぞや借りてた本だなと。中身の正体に気がついて、
「…お前、ホンットに手段を選ばんな。」
「そっか?」
 特に変わった策を持ち出した覚えがないからだろう、キョトンとする幼なじみくんへ、ああ・はいはい判りましたからと深くは掘り下げさせず、

  「じゃあ………あそこに行ってみるか?」

 仕方がないかと、自分から切り出す筧であり。………はい?と。唐突に一体何を言い出したのやら、省略されているものが とんと判りませんというお顔をして見せた水町へ、
「だから…緑陰館だよ。」
「………あ。」
 どうも何でだか。妙に意識して足が鈍ってた。自分たちの目的を思えば、そこへこそ行くべきところだろうと、とうに突き止めてもいたのに。この、自信家で真っ直ぐ真っ直ぐな青年が、珍しくもどうにも覇気が鈍ってたらしき、その鬼門。
「いつまでも踏ん切り悪く躊躇
ためらっててもしょうがないしな。」
 照れ隠し気味に、その漆黒の髪をがりがりと掻き乱すよう、大きめの手で梳き上げて見せれば、
「へへん。実は駿てばガッコが思いの外に楽しくなって来てて、そっちはどうでもよくなってるのかって思ってた。」
 にんまり笑った腕白小僧。ああそうさ、あんまり楽しいもんだから、当初の目的なんてどうでもよくなりかかってたサと、鋭い双眸、眇めてみせれば、
「………何、怒ってんのサ。」
 ころころころころ、機嫌を塗り替えまくんじゃねぇよと、こちらさんもちょいと機嫌を傾
かしがせつつ。それでもノッポのお二人さん、意を決すると歩みを運ぶことにする。もうすっかりと覚えた校庭の、体育館からの最短コース。大きな大きなポプラの寄り添う、シックな洋館、緑陰館へ。








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  *こちらもなかなか話が進みませんですね。
   でも、いくら何でもソロソロ、コトを起こさねば。
   このままでは“水町くんを手なずける方法”話になってしまいかねません。
(こらこら)